じゃぬめり
月曜日, 9月 15th, 2008
建冶二年(1276)、光勝寺の智空和尚は才気優れた二人の小坊主を修行させていた。ところがある日、二人が五大堂近くの沼のほとりで遊んでいると、沼の主の大蛇夫婦が現れ、二人をのみ込んでしまった。それを知った和尚は、「堂を守るのが務めのはずなのに、小坊主をのみ込んでしまうとは何事だ」と怒り、七日七夜の祈りに入った。大蛇は人間の姿になって、和尚の前で懸命に詫びたが、許さぬ和尚が祈祷を続けると、仏灯の青い石が四方に飛び散り、沼がぐつぐつと沸きあがった。たまりかねた大蛇はもだえ苦しみ、許しを請いながら北上川に逃げ入ったという。
『岩手の伝説を歩く』(岩手日報社)より
民話や伝説の裏側には本当の真実が隠されていることが多い。
「じゃぬめり伝説」も例外ではない気がします。
当時全盛だった光勝寺の住職は慈空阿闍梨といったそうです。
規模も広大で当地方有数の霊場となっていたようです。
修法の鈴音が絶えず、香の煙がかすみのように辺りを漂っていたといいます。
なにかしらの原因で、才気優れた二人の小坊主が池に沈められ殺され、
腹をたてた和尚は犯人を北上川に突き落としたのではということが想像されます。
蛇は北上市の黒岩地域に流れ着き岩になってしまったということです。

入り口近くにあった沼ですがここが事件のあった沼でしょうか?
大蛇が住むには少し小さい気がします。

付近を散策するともうひとつ沼がありました。
こちらの方がいかにも事件があった沼のような気がします。
結局どこが事件のあった沼なのか分かりませんでした。
1716年~1735年頃に天災があり山からの水により沼の水を
さらってしまったことがあり、村人たちが集まって沼の底を見てみたところ
人骨が重なり合っていたということですが、蛇は骨は吐き出したのでしょうか。
その後、古老たちは話し合い人骨を弔ったそうです。
その時、大蛇が飲み込んだ骨だということにして
疑いをもたないようにしたのは自然な流れだったのしょう。
さすがに慈空阿闍梨を名乗るだけあり、おそらく高尚な和尚だったのでしょう。
小坊主を殺した犯人を蛇と例え真実をまげたと考えられます。