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石ノ森漫画記念館にて

連休中のイベントで館内の中庭にてフランソワーズの格好をした
お姉さんがイベントをしていました。
石ノ森といえばサイボーグ009、009といえば加速装置。
加速装置が欲しい。
石ノ森漫画記念館にて

石ノ森漫画記念館

”サイボーグ009”や”仮面ライダー”で有名な石ノ森章太郎のふるさと
石巻市に石ノ森漫画記念館はあります。

場所はサイボーグ009にでてくる出てくるUFOチックな建物なので
すぐわかります。連休とあってか観光客もたくさん訪れていました。

石ノ森さんは”トキワ荘”の住人の一人なのは有名な話です。
その中に赤塚さんもすんでいて、よく石ノ森さんは締め切りが迫ると
後輩の赤塚さんに仕事を手伝わせていたそうです。
しかし、あまりにもハードなために赤塚さんはかなりまいっていたようです。
そのくらい石ノ森さんの仕事の追い込みはすごかったのでしょう。
石ノ森漫画記念館

サンファンパウティスタ

サンファンパウティスタは、日本で最初に建造された
西洋式の大型帆船でありガレオン船であるとされています。
サンファン館では復元されたサンファンパウティスタの船内の見学もできます。
サンファンパウティスタ船内

支倉常長

黄金の国ではない事実が徐々に明らかになっていくと、常長達への歓迎の熱も冷めていったようです。イスパニアは仙台藩との通商を拒否し、常長の本来の目的であるノビスパンとの通商貿易の実現は失敗に終わったようです。

日本に帰った常長は仙台にも居場所はなかったようです。元和元年(1615年)の大阪の陣で豊臣氏が滅びると、政宗も天下統一の野望を断念し、家康に臣従したからには、かつての政宗の野望の証でもある常長は邪魔なだけの存在であったようです。さらに洗礼を受けていた常長はキリスト教徒弾圧の中で、影に潜むように生きねばならなかった。元和8年(1622年)、日本人で二人目の太平洋横断という偉業を成し遂げた支倉常長はひっそりと亡くなったようです。常長の存在は歴史の記録から抹殺され、300年の江戸時代において脚光を浴びることはついになかったとのことです。常長の存在が明るみに出るのは、維新後、岩倉具視が欧米視察でイタリアに派遣されたときに、支倉の署名が入った文書を発見したときからのようです。
支倉常長

サン・ファン館

サン・ファン・バウティスタという帆船があるサン・ファン館と呼ばれる施設があります。支倉常長という人が正宗の命を受けイスパニアに航海する時に使用した船のようです。施設の中には支倉常長の航海の時の苦労などの映画および資料があります。なぜ常長が選ばれたのか?映画の中で正宗が小十郎に言ったせりふを聞くと、失ってもいい部下を行かせたような感じを受けました。常長の正宗への忠誠心はあったのかどうか映画の中の常長は忠誠心たっぷりの人のようです。映画では途中で終わっていましたが、結果交渉は失敗に終わったようです。さらに徳川の禁教令などにより常長は表舞台に立つことなくなくなったようです。
サン・ファン館